
ライブ回顧録の第3弾は、1987年です。
この年は、
人生で最大の決断をした年で、
夏以降、ライブはしばらく控える結果になりました。
(病気とか、入院ではないですよ)
●1987年
1月3日 REBECCA 日本武道館(アリーナH列60番台)
1月10日 中村あゆみ 日本青年館(1階A列40番台)【最前列】
1月23日 杏里 川崎産業文化会館(1階よ列20番台)
1月21日 中村あゆみ 日本青年館(1階D列1桁台)
2月2日 ハウンドドッグ 日本武道館(アリーナW列30番台)
4月25日 小比類巻かほる 渋谷公会堂(1階15列50番台)
5月20日 中原めい子 渋谷公会堂(1階1列20番台)【最前列】
5月26日 佐野元春 渋谷公会堂(1階6列40番台)
6月4日 松任谷由美 日本武道館(アリーナJ列10番台)
6月6日 中村あゆみ 神奈川県民ホール(1階6列20番台)
8月2日 白井貴子 西武球場(アリーナ32列130番台)
★REBECCA
この時のNOKKOさんは喉の調子が悪かったですね。
自分で、「グーグーガンモです」と言ってましたが、
全然声が出てなくて、
普通だったらコンサートを中止する状態だったと思いました。
あの頃のREBECCA人気は尋常ではなくて、
チケット入手が非常に困難な状態でしたから、
簡単に中止するわけにはいかなかったのでしょうが、
かなり不満の残る結果になってしまいましたね。
★中村あゆみ
REBECCAとは対照的に、
この頃絶好調だったのが、中村あゆみさん。
この年に発売されたアルバム「Smalltown Girl」は、
中村あゆみさんの最高傑作だと思っているし、
ライブも脂が乗っていて、
とにかくパワフルでハッピーな空間に満ち溢れていました。
ただ残念だったのは、
この年から自作曲を作るようになり、
プロデューサーでライブも仕切っていた
高橋研さんから離れていってしまったこと。
ふたりのコラボは大好きだったので、
この年以降、自分自身が中村あゆみさんと
少しずつ距離を置くようになってしまいました。
★杏里
オシャレな雰囲気で、
ハイセンスなライブを展開していたのが杏里さんでした。
音楽的には、
アメリカのウェストコースト寄りでしたが、
あまりにも洗練され過ぎていて、
熱くはなれないタイブのライブでしたね。
会場内はカップルで埋め尽くされていて、
コンサート自体がひとつのファッションだったのかも
知れません。
★中原めい子
杏里さんと似たようなタイプながら、
こちらはサンバ寄りのリズムで熱いライブだったのが、
中原めい子さんでした。
リズミカルなナンバーが中心で、
見ている間は十分に楽しかったのですが、
終わった後の余韻はほとんど残らなかったかも知れません。
まさに、
お祭りのようなコンサートで、
個人的には1回行けば満足してしまう感じでしたね。
★佐野元春
初めて佐野元春さんの単独コンサートに足を運んだのですが、
音楽に賭ける熱い思いが伝わってくるようなライブで、
終わってからもしばらくは興奮状態でした。
スピーディーで速射砲のように飛び出してくる言葉の洪水、
イントロだけでは分からないぐらいに
全てがアレンジし直された楽曲、
そしてロックスピリッツ溢れる佐野さんのパフォーマンスに、
心の底から感動して、痺れまくったライブでした。
最近はすっかりご無沙汰してしまってますが、
今でも最も尊敬するアーティストが佐野元春さんです。
★松任谷由美
とにかくド派手できらびやかなステージングに、
圧倒され放しだったのが、松任谷由美さんのコンサートでした。
ここまでエンターテインメントを追求したコンサートは初めてで、
とことん観客を楽しませようという姿勢に、
素直に拍手を送っていましたね。
自分はユーミンやサザンを聴いて育ってきた世代ですから、
1曲1曲に鳥肌が立つぐらいで、大いに楽しめました。
ということで、
1987年も前半はライブ三昧の日々でしたが、
夏以降はライブの行くのを封印したので、
年間では11本で、昨年の半分以下でした。
なお、
1988年は人生で最も嬉しい出来事があって、
ライブに足を運ぶ状態ではなく、1本も行きませんでした。
次にライブ会場に復帰したのは、1989年1月のことでしたね・・・。

